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いでまい食堂

しあわせごはんとおやつ、ときどきおはなし

時間とか人生とか愛とか

いろんなこと

れいに言うことも、かっこつけることもない。

伝わりやすいようにまとめることもない。

思ったことをそのままに書く。乱文で、書き殴るようになるかもしれないけど、

つじつまが合わないかもしれないけど、意味がわからないかもしれないけど、それでいい。もし、わかったり伝わったりするところがあれば拾ってくれたら。

 

 

人生は、1度だけだ

もし生まれ変わりや輪廻転生があったとしても、私が私である人生はこの今のたった1度だけだ。

 

今、今、今、

今の連続で時は誰にでも平等に流れている。

この今は、次の今にはもう過ぎたものになって絶対に2度とはもとに戻らない。

そんなこと誰でも知ってること。

 

今の時間が2度と戻らないなら、その時間をどう過ごそうか。どう生きようか。

人生はたった1度きりで、しかもそれは決して長くはない、短いのだ。

あっという間に過ぎていく人生ならば、その時間を人生を命をどう使おうか。

 

何かに怒っていても、誰かを憎んだりしても、悲しくても、かわいそうでも、閉じこもっていても同じく時間は流れる。同じに今日は終わっていく。

 

誰のせいにするのか。

周りのせいにするのか。

変えられるものは変えればいい。

たとえ、変えられないと思っていることでも本当にそうだろうか。

 

 

試練

生きていたらそれなりにやってくる。小さいかもしれないし、とても大きいかもしれないけど、それなりに勝手にむこうからやってくる時がある、かもしれない。

もしやってきたならそれはその時に向き合えばいい。わざわざこちらからそこに向かうことはない。

 

 

過去のこと

昔にした失敗、失敗と思っていること。

以前に言ってしまった、誰かを傷つけた言葉。伝えられなかった 想い。

ふと蘇ってくるあらゆる嫌な記憶。

 

もちろん人生のすべてが『いいこと』と思われてることだらけではない。

自分だけの想いや、力ではどうにもならなく起きてしまったことだってある。

我慢とか過ちとか、後悔とか、落ち込んだりもするし、すごく傷ついたりもする。

 

抗えない大きな自然の力かもしれない。

心無い人のしたことかもしれない。

 

でももう過去に、1秒でも過去に起こったことは誰にも変えられはしない。

 

すごく落ち込みそうになる時には、

「あ、やばいな、このままにしたらどんどん落ち込んで、しかもこれ長引くだろうな。やだなぁ。」

そんな時には、すごく意識的に大丈夫とか、たいしたことないとか、すてきな時の自分の笑顔を思い浮かべたりして、どんどん下に引っ張られていく気持ちを強引に引っ張り上げるようにする。

落ち込んだり、傷ついたりすることにも得るものはあるから、それを知りたい時にはわざとそこにいく時もあったりするけど、でもやっぱりどうしようもなく来る時は向こうから勝手に来るんだから、 わざわざやることはない。

 

 

たった1度、たったひとり、

私たちはみんなちがう。当たり前のこと。

みんな何ひとつ同じじゃない。同じじゃないからいろんなものがある。

いろんな芸術とか、技術とか、思想とか歌とかいろいろ。

 

同じふうにしなくていい。一緒じゃなくていい。

同じじゃない、一緒じゃないのがおもしろい。

(私は学校が好きじゃなかったけどいちばん憂鬱だったのが、仲良し同士でグループを作りなさいていうやつ。)

 

 

好きなことをする

といっても、何から誰彼構わず乱暴に好きなことだけをすればいいってことではない。いや、そういうことでもあるんだけど、、

仕事ってなにか、働くってどういうことか、お金ってなんなのか。

人生とは何か、生きるってどういうことか、人とはなにか、社会とはなにか、国とは、世界とは、わたしとはなんなのか、、、?

 

すごーく大雑把に、乱暴に言ってしまうと

すべて、何事も、今こんなぐだぐだ言ってきたことも『どーでもいい』ってことなの。

まるっと、全部、もうどーしようもなくくだらないことなの。

 

あのね、何をするにも、何を思うにも、何を言うにしても、何でもかんでもに、

そこに、ちゃんと愛情とか尊敬とか慈しむとかそういう気持ちがあったら変なことにはならないと思うの。

いったいいちの時もそうだし、3人、10人、100人、、、何万人何億人だって同じことで、だってそれは積み重ねだから、つながりだから、わたしが思ったことやしたこと、誰かの思ったことやしたことがひとつひとつちゃーんと積み重なってこの世界はできているんだから。

 

毎日、いつ何時も聖者とか仙人とかみたく完璧に立派に生きろってことじゃなく、

えーと、でもみんなそもそも完璧で完全ではあるんだけど、、少なくともそういう心づもり、土台があるかないかとではまるっきり何もかもが違うだろうってこと。

 

あと、自分探しとか過去の傷を癒すとかも大切なんだけど、必要なんだけど、

それもできればちゃっちゃと済ませて、はやく次のステップにいったほうがいいよね。ほんとに人生なんてあっという間なんだからさ、探してる間に終わっちゃうよ。

 

 

常識やふつうということ

これほどあてにならないというか、適当なことってない。

ふつうって、結局大多数の人がそうと言ったり思っていることでしょ。場合によっては実は少数だった、なんてことだってあるし。

大勢が言ったりやっていることが、正しいのかといったら全然そんなことはないし、正しいとか正しくないとかって誰にだって決められないし決めることでもないんじゃないかな。ただ便利とか統制をとるためとかの決まりとか、目印でしょ。

 

人は勝手だから常識がない人は嫌いだけど、逆に常識がない人に憧れたりもするでしょ。なりたいように、やりたいようにやればいいの。遠慮とか他人の言うこととか気にしなくていい。他人なんて勝手に適当に言ってるだけなんだから。好きなように思うがままにやって生きればいいの。

 

 

わたしはすぐ泣くけど弱虫じゃない。

強くはないけど揺るがない想いはある。

 

誰かを妬んでしまいそうな時、誰かに怒りを感じた時、誰かを疑ってしまいそうな時、

それらにとらわれそうになる時もある。そんな時は自分の中にあるやさしさとか愛とかきれいな光とかを思い浮かべて、そしてそれが相手にも誰にでも同じく等しくあるものだということを思い浮かべて、信じている。

 

 

心をひらく

それもすっごく、完璧に完全にひらくこと

心をひらいて愛を受け入れるということ。

 

これが意外とというか、けっこう難しい。

愛をあげることのほうがまだできたりする。でもそれでも出し惜しんでるよね。ほんとはもっと出せるのに。

ずっといつでも愛を出していたとしても、愛はなくならないと思うし、むしろ増えるいっぽうだと思う。

 

恐れない、疑わない、猜疑心を持たない。

そして本当に素直に、心の底から素直にオープンに愛を受け入れられたら、どんなに気持ちのいいことなんだろう。どんなにすてきなことなんだろう。

 

そしてそれができたとき、わたしはもっと素晴らしい世界がみえるだろう。どんな人間になれるのだろう。

多くの人がそうなったとき、世界はどうなるのだろう。

 

 

愛、というと難しそうで大きくて、なんか無理そう、なんて思うけど

でも、それが全ての源で全ての始まりなんだ。それしかないんだ。

 

 

人生はいちどきりで、そして短い

楽しくしてたいし、しあわせでいたいし、愛したいし、愛を全部受け入れたい

 

無駄な時間を過ごしてきてしまったなんて、がっかりしなくてもいい

これから、たった今からだって、そうしようと思えばそう生きられる

 

なんだってできるし、どこにだって行けるし、なんにだってなれるんだ

でもそれは自分でやるしかない。誰もやってくれないし誰も気がついてなんかくれない。(たとえ気がついたとしても、少し手伝えるくらいか何もしてくれない)

 

やりたくないことや、行きたくない場所や、会いたくない人に会うことなんてない。

そんなことに時間を費やしてるひまはないんだ。

もしそれでもそれをするなら、しなければならないのならそのときは自分の責任であって、誰のせいでもないし環境のせいでもないことをわかってやるべきだ。

 

 

すてきな場所へいこう

楽しいことをしよう

好きな人に会おう

 

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新月と3月の出店予定

おしらせ

きょうは、新月

気持ちを新しくきれいにしよう

 

日々、気をつけてこころが曇らないようにしていたとしても

それでも少しずつ、塵が積もるように気がつかないうちに少しずつうっすらと曇ってしまっている時もある

知らないうちに何かに傷ついてしまっていることもある

なんだか誰かに怒っていることもある

 

新月や満月を、意識しておくと

こころをクリアにしたり、自分の痛みや怒りなんかに気がつくきっかけになる

(こころだけではなく体調の変化に目を向ける時でもある)

 

うっすら積もった塵を放置しておくといつのまにか分厚く積もって固まってしまって、がりがりと力づくみたいに大掃除をしなければならなくなるけど

満月や新月のタイミングで自分のこころに意識的に目を向けることによって

少しだけ積もった塵をふう〜と払ったり、まだ小さな痛みをちょちょいと治すのにいい

 

月の光ってすごく特別な感じ

深呼吸して、月の光を吸い込んでゆっくりと息をはいたら、月の光がこころとからだをいっしゅうしてきれいにしてくれる

リセットというか、おそうじされてクリアになるイメージかな

埃のたまった部屋を窓を開けてそうじして部屋の中の空気が入れ替わって、たったそれだけなのにすごくいい気持ちになって、にっこりする感じ

 

きょうは新月だから月の光は見えないけど

いつだってそこにお月様はいる

 

疑うこころを持たずにいつもきれいなこころでいたいと思う

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3月の出店予定です。

少しずつ暖かくなってきてたのしいイベントがふえてきました!

3月はちょっと遠出して足柄にも行きます。4月以降にもそんな予定もあり、いろんな場所でいろんな方とお会いできるのが今から楽しみです!

 

 

【3月の予定】

 

3/4(土) 開成町古民家ガーデン紋蔵\裏ひなまつりフェスタ/(神奈川県足柄上郡(おやつのみ)

3/5(日) Regae meets Linstead Market 2(国立地球屋)(おやつのみ)

3/6(月) カフェといろいろびより(国分寺) 

3/7(火) Paku Pakuぱん工房&Cafe(立川)

3/8(水) JIKKa Cafe(国立)

3/11(土) JIKKa de マルシェ(おやつのみ)

3/13(月) カフェといろいろびより

3/18(土) びより市(おやつのみ)

3/21(火) Paku Pakuぱん工房&Cafe

3/22(水) JIKKa Cafe

3/25(土) JIKKa de マルシェ(ごはん)

3/27(月) カフェといろいろびより

3/28(火) Paku Pakuぱん工房&Cafe

3/29(水) JIKKa Cafe

 

※3/20(月)は祝日のため、カフェといろいろびよりはお休みです

※3/21(火)Paku Pakuぱん工房&Cafe→3/28(火)に変更になりました。

 

カフェといろいろびより

home - カフェといろいろ びより

JIKKa Cafe

https://www.facebook.com/Jikkafe/

Paku Pakuぱん工房&Cafe

https://www.facebook.com/bread.pakupaku.tachikawa/

古民家ガーデン紋蔵(神奈川県足柄上郡開成町金井島1294)

https://www.facebook.com/kominka.monzo/

 
 

立春と2月の出店予定

おしらせ

立春』ですね!

春の1日目、きょうから毎日少しずつ春に近づいていくと思うとわくわくしませんか?

 

私は春が好きです。みんな好きですね。

なぜなら私が春生まれだから!というのももちろんあるけれど

地面にも木にも新しくてやわらかくてきれいな緑の芽が出てきてきらきらしてるし、空も山も川も少し色が濃くなってきらきらしてきれいだし、花も咲くし、鳥も楽しそうだし、

なにか新しいこと始めたくなってうずうずしてうきうきするし、なにかいいことが待っているかんじがするし、なんかうまくいくような気がするし、そんないいことの感じがたくさんあるから。

全部“気がする”なんだけど、気がしないより断然いいし、案外というかこれがけっこう重要な気がするのですよ。

 

1年の始まりもそうだけど、なんでもできそうな気がして、楽しいことしか待ってない感じがして、なんというか無敵感!みたいな、今わたし超前向きな気持ちしかない!みたいな、いけいけーゴーゴー!って感じ。

 

でも春はそれがもう少し落ち着いた気持ちになって、「よし、やるぞ」て感じかもしれない。

どうだろ?まあ、4月くらいになったらまた違うこと言ってるかも。

 

「好き!」と思ったことや「いい!」と思ったことはやったらいいんです。失敗したり違ったとしてもまた戻ったり、やり直したりやめればいいんだからさ。そもそもまったくの失敗とかないし。(たまにはあるかも)

 

あと、寒くないってこと!ぬくぬくストーブもゆたんぽもセーターも好きだけど、やっぱりあったかいのがいいなー、春いくよ!

 

 

はい、2月の出店のお知らせです。

今月から、国立のJIKKa Cafeさんで隔週の水曜日でもやらせて頂けることになりました!他の日とは少しテイストを変えてみようかな、の予定ですので、こちらもよろしくお願いします!

 

2月の出店予定

2/6(月) カフェといろいろびより(国分寺

2/7(火) Paku Pakuぱん工房&Cafe(立川)

2/8(水) JIKKa Cafe(国立)

2/12(日) カフェといろいろびより、つきいちマルシェ『バレンタインびより』(おやつのみ)

2/13(月) カフェといろいろびより

2/18(土) JIKKa Cafe、JIKKa de マルシェ(おやつのみ)

2/19(日) minakumari ‘REHENA’ Release Party@ 東京 大森 成田山圓能寺(おやつのみ)

2/20(月) カフェといろいろびより

2/22(水) JIKKa Cafe

2/25(土) JIKKa Cafe、JIKKa de マルシェ(ごはんのみ)

2/27(月) カフェといろいろびより

2/28(火) Paku Pakuぱん工房&Cafe

 

今月もどこかでお会いできますように!おまちしてます

 

カフェといろいろびより

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JIKKa Cafe

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Paku Pakuぱん工房&Cafe

https://www.facebook.com/bread.pakupaku.tachikawa/

 

 

ずーっとほしいと思っていた古い柱時計を譲っていただきました。

どこに掛けようかな、ボーンボーンを聞くのが楽しみです。

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冬の『土用』と1月の出店予定

おしらせ

こんにちは

年末年始はとてもゆっくりすごすことができました。たのしくてしあわせたくさんの1年になりそう予感。きっといいこといっぱいありますね〜!

 


1/17から2/3までの18日間は冬の『土用』です。春から夏にたのしく元気にすごせるように、この期間にしっかりと身体の中心を整えて準備しましょう〜

 

『土用』の期間にやったらいいこと
断食。食事の量をへらしてみよう、食べ過ぎないこと
休む。お家でゆっくしてみよう、じたばたしないで
整える。からだとこころを観察してみよう、お家の掃除をしよう
できれば瞑想。軸、中心をつくる、どっしりぶれない自分

 

やらないほうがいいことは
引越し、土いじり、重大なことを決断するなど

 

何の道具もいらない、誰でも簡単にできる。やってみたらいいことあるよ、やらなきゃもったいない!

春夏、さわやかな気分で好きなことができるように、そんなしあわせな自分をイメージして、レッツチャレンジ♪

 

 

1月の出店予定

1/16 カフェといろいろびより(国分寺
1/21 JIKKa Cafe(国立)おやつのみ
1/23 カフェといろいろびより
1/24 Paku Pakuぱん工房&Cafe(立川)
1/28 JIKKa Cafe、ごはんのみ
1/30 カフェといろいろびより
1/31 Paku Pakuぱん工房&Cafe

 

おまちしてます〜♡

 

カフェといろいろびより

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JIKKa Cafe

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Paku Pakuぱん工房&Cafe

https://www.facebook.com/bread.pakupaku.tachikawa/

 

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わたしのおうち

おはなし

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わたしのおうち

 

 

わたしのおうちはあたたかい

真冬の外の寒さからも

たいていの嫌なことからも守ってくれる

 

おうちにいれば安全

すきな音楽

すきな本

すきな椅子

すきなお鍋

すきなかご

すきな木べらやポットや植物とかいろいろ

 

私が愛情をもっているすきなものは

私にも愛情をむけてくれる

私のことがすき

こころが通い合っている

 

あたたかいおふろ

せいけつなベッド

ほかほかの湯たんぽをかかえて眠る

しあわせな夜にしあわせな夢を見る

 

このまま朝なんかこないでほしい

 

でもまた日は登り

明るい日差しを見れば

朝をうれしくおもう

 

少しくもった窓から

駅へと急ぐ人が見える

新しい1日が始まる

 

 

わたしのおうちは安全であたたかい

いつでも待っていてくれる

 

だからわたしは安心して

きょうもどこかへ出かけていくんだよ

ヴィーガン、ベジタリアン、マクロビオティック...

いろんなこと

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あっというまに11月になっていました。10月は濃厚すぎてあまり記憶がないくらいです...。いや、楽しいことがたくさんあったな!ありがたいです。

 

 

さて、私は時々人に聞かれる質問があります。

「なぜ、菜食の食事の生活をしてるのですか?」

「どんなきっかけでベジタリアンになったのですか?」

 

ヴィーガンベジタリアンマクロビオティック...などなど似ているようで違う。いろんな食べ方があっていろんな考え方があります。

私は決定的にどれというわけではないので、誰かに説明する時にいつも迷うことがありますが、基本的には“お肉やお魚、卵や乳製品などの動物性のもの”は食べません。普段は玄米とお味噌汁と野菜のおかずを1〜2品という食事です。和食の時もあれば洋食や中華やアジア料理の時もあります。「物足りなくない?」玄米は味わい深くて好きだし、それと具沢山のお味噌汁とたくわんでもあればしあわせです。そして大切な人たちと一緒にゆっくりと食べられたらすごくしあわせです。

ごはんてみんなで食べたほうが断然おいしいし、誰かを想ってごはんを作るのもしあわせですよね。

 

なぜ、ヴィーガンベジタリアンマクロビオティックなどの食事に興味を持つようになったのか?ですが、ひとことでは説明できません。長いです、でもなるべく簡潔に説明したいと思います。

 

 

まずひとつに、私は子供の頃からとても苦手なものがありました。「人を誰かを何かを傷つけること」です。同時に不思議でもありました。「なぜ人は人を傷つけるか」

ひどい言葉や暴力や争い、内紛や戦争。学校のクラスの中で、テレビのニュースやドキュメンタリーで、マンガや本や映画で。

ある時どこかの国で内紛が起きて、ひとりの人をたくさんの人が囲んで蹴ったり棒で殴っている映像のニュースがありました。その光景が信じられなくておどろいたし悲しかった。なぜ人はそんな怖いことをするのか、何があの人たちをそうさせるのか、どうして争いごとは起きるのか?

 

そのニュースはあるひとつの場所を奪い合っていて、どちらもそこは自分たちの場所だと主張していてずっとずっと争っていると教えてもらいました。「一緒になかよく使えばいいのに」「一緒のところが大切なら一緒に大切にすればいいのに」「人をしあわせにするための教えのはずなのに、争って誰かを傷つけてしまうのなら意味がない。そんなのないほうがましじゃないか」と思いました。

 

また、あるひどい犯罪がありました。みんなはそんなやつは死刑にすればいい、と言いました。確かにその人はとても許されないひどいことをした。そのために誰かのこれから素敵であっただろう人生がそこで終わってしまったり、家族が友達が一生立ち直れないほどの悲しい目にあった。でもその犯罪をおかしてしまった人は、どうしてそんなひどいことをしてしまうまでに至ったのだろうか。お母さんがやさしくしてくれなかったのかもしれない。お父さんが殴ったのかもしれない。愛情のこもったあたたかいごはんを食べられなかったのかもしれない。いつもひとりだったのかもしれない、すごく意地悪な人が近くにいたのかもしれない。もしその人が私と同じ境遇だったら?もし、私がその人と同じ境遇だったら?やっぱりその人は同じことをしたのだろうか。もしかしたら私は残忍なことができる人間になっていたかもしれないのではなかろうか。

そして、その環境にいたことはその人だけのせいなのか?人は生まれてから大人になるまでに育つ環境は選べないじゃないか。いつどこに生まれてどんな人が親になるのか、誰と兄弟になるのか、どんな人と一緒に暮らしていくのか、どんな人が周りにいるのか、そこがどんな国なのか、土地なのか。

 

とすると、その人は誰にも救われないままの人生なのか。

どこかの時点で誰かが救ってくれさえいれば、誰かを傷つけることもなかったし誰かが傷つくこともなっかたのかもしれない。とてもやさしい人だったかもしれない。

でも私はその人を知らなかった。今からその人の時間を巻き戻すこともできない。じゃあ、どうすればいいのか?ひとりひとりが近くの人を大切にするしかない。私は誰かを傷つけないようにしよう、なるべくやさしくしよう。

 

 

戦争、銃、核実験、戦車、戦闘機、潜水艦、いろんな兵器。

どうしてたくさんあるのか、どうしてみんな持ちたがるのか?誰も持っていなければ誰にも攻撃されないのだからみんなが持たなければいいのに。

「あなたは持っちゃだめ、うちはいいけど」じゃなくて「私はやめたよ、あなたもやめたらいいのに」てすればみんながしあわせで安心じゃない?お金も資源もかかるし、何よりそんな駆け引きなんて心労なだけなのに、なんでそんな無駄なことをしているんだろう。もっとしあわせなことにお金も技術も使えばいいのに。みんながもっと想像して創造すればすっごくすばらしい世界になりそうなのに。

自分だけが(自国だけが)強くなりたい、お金を儲けたい、上に立ちたい、得をしたい、支配したい...みんな何が欲しいのか、本当にそんな物が欲しいのか。きっと本当の本当は違う気がする。どこかの国の大統領だって総理大臣だって、もっと偉いと思ってる人だって。

大統領や総理大臣にお願いをしました。「もう絶対戦争はしないでください」「絶対に誰も殺さないでください」

 

 

森林伐採、動物の乱獲、自然破壊

いちど伐採したらもう2度ともとには戻らない森林。いちど穴を掘ったらもとには戻らない山。いちど埋め立てたらもとには戻らない海。いちど溶けたらもとには戻らない氷河。いちど破壊したらもとにはもどらない空。いちど絶滅したら2度と生まれない動物たち...

彼らは、人間なんかよりはるか昔からこの地球にずーーっといたし、人間よりもずーーっと地球のことをたくさん知っている。人のやることは正しくないこともたくさんあるし、横暴なこともたくさんある。すぐ何でも知っている気になるし、すぐ欲にまみれるし、科学は素晴らしいし全てだと思いたがる。宇宙はどこまであるのか知っているつもりだし、地球は人間はどんなに優れているのか、人間には知性があって理性があって、だから知性のないやつのことなんて人間の思い通りにしたって構わないんだ。

もっと便利に、もっと安く、もっとお得に、もっといいものを、誰よりももっともっと、もっともっとたくさん!

ものすごい豪邸もいらないし、象牙のハンコなんていらないし、毛皮のコートなんか全然欲しくない。立派なリゾート地も行きたくない。

もとからあるものは敬って大切にしなくちゃいけないし、むやみに壊したり命を奪ったりしてはいけない。目上の人のことは尊敬するでしょう?地球は人間のものではないし、なにひとつ自分のものなんてないようなものだ。人が自然に守られていて、みんな宇宙や地球に守られて含まれているひとつの存在なのに。

 

地図を仕切ってこの土地は私のもの、ここからこの海はうちのもの、さらには空までが誰かのもの。だから入ってこないで、だなんて。みんなが必要な分だけをもらって分け合ったら、究極、世界に境界がなくてもいけるんじゃないだろうか。

 

 

 

と、やっぱり長くなってしましたが、ここまでが「まずひとつに、子供の頃から〜」でした。子供の頃から感じていることというのは、根本は変わらないものです。むしろ子供のほうが素直に世界を見ているのでしょう。

「まずひとつに〜」ていったいいくつあるんでしょうね!もう少し簡潔に書けると思ったけど、無理だったので今日は前半とさせていただきます...。またそのうち後半を書きたいと思います。読んでいただいた方ありがとうございました。いろいろそれぞれ意見や想いはあるかと思います。

 

あとまだ後半もありますが、ヴィーガンベジタリアン、マクロビなど興味があったらまず自分で調べて考えてみたらいいと思います。誰かに聞いて納得できないからとアンチみたいになるのは、せっかく興味を持ったことなのにもったいないと思います。これに限らずね。

 

ではでは。 

Ska vi fika?

おやつ

f:id:bamuse0411:20160928224222j:plainハッロングロットル(ラズベリージャムクッキー)

ペッパルカーコル(スパイスクッキー)

ハーベルグリンクッキー(オートミールクッキー)

 

北欧のお話会に作りました。

ハッロングロットルは丸くした生地の真ん中に指でくぼみをつけてジャムを入れて焼きますが、スウェーデン語で『ラズベリーの洞窟』という意味だそうです。すてきですね〜。

 

「Ska vi fika?(スカ ヴィ フィーカ?)」は「お茶しませんか?」の意味。

スウェーデンでは、カフェでも家でも職場でもどこでも1日に何度もみんなでお茶をするそうです。fika にはコーヒーと甘いお菓子がセットです。ひとりで休憩するのとはちょっとちがって、何人かで一緒に楽しくおしゃべりしながら一息入れるかんじみたいです。

fikaは潤滑油だそうで、みんなでくつろいでコーヒーを飲んでおやつを食べてコミニュケーションすることで人と人の関係を円滑にしたり、上下関係もないので会議では生まれないアイデアや意見が出たりするそうです。あとスウェーデンの方はみんなカフェが大好きですが、カフェの通りに面した1番いい席には年配の方が通されるそうですよ。すてきですね。

 

 

「Lagom(ラーゴム)」は、ちょうどいい、ほどよい、ほどほどにという意味だそう。何ごともちょうどよく、ほどよく。lagomは主観的でいい意味で使われます。その昔、バイキングの時代に、お酒が全員に回るようにと配分を考えてそれぞれが丁度良い量だけを飲む 「laget om」(みんなで) が語源と言われているそうです。

スウェーデンといえばすてきなインテリアを思い浮かべますが、例えばいつも見えている棚はきれいにディスプレイしてあってもその下の見えてない箱の中とか、机の引き出しの中とかはぐちゃ〜っとしているとか。でもえへへ、て感じみたいです。(インテリアもただきれいに飾るということではなく、それぞれの大切にしていることとかテーマやストーリーがあってのすてきなインテリアなんですって)

 

自然享受権いう法的権利があって、ルールを守れば国や他人の山とか森に勝手に入ってもいいという権利です。さらにそこできのこを採ったりベリーを摘んだり、テントも張ったりしてもいいそうです。そしてそこにもlagomの精神があって、たくさんきのこが生えているからといって採り過ぎない、山ほどベリーがなっていたとしても欲張らない、ほどよく必要な分だけわけてもらう。

 

lagomの精神はすごくすてきだと思います。欲張らないで自分の必要な分だけ、他の人にも分け合う、みんなで分け合う。それは生きてく上でのあらゆる面で、とても大切なことのひとつだと思います。

 

 

それから「買い物は投票」という意識があって、自分の好きなもの、大切にしたいもの、受けつがれてほしいものなどにお金を出すそうです。高価なものだけじゃなくて、日常のものスポンジひとつでもいいものを買って長く使って、作っている人にも投票する。必要なもの欲しいものでもとりあえずで買わない。何度もいろんなものを見て、お部屋に合うかな?大きさはどうかな?ずっと使えそうかな?使い勝手は?などなど大丈夫だなと思ったらやっと買うそうです。

ちょっと高いかな、と思うものでも実際に作り方を知ったり、作っている人と話しをしたりするとその値段に納得しこの人から買いたいと思うことがあると思います。それが日常的な意識にあるのだろうし、きっと想像力が豊かなんでしょうね。

 

安い値付で売られている商品を見ると、私の母は「作っている人がかわいそう」と言います。作り手側としてもいい商品なら自信を持って価値をつけていいのだと知らされました。

 

 

あと、照明は窓の真ん中になるように設置されていて、窓辺にはグリーンが置かれている。これは外から窓を見たときに暖かい灯とグリーンが見えるようにという気遣いだそうです。外が寒くても暗くても、窓の暖かい灯を見てほっとできるようにだとか、すてきですね。

 

ほかにもいろいろありましたが、自分や日本とも共通するところもあったし見習うところもたくさんありました。すてきですね、と何度も言ってしましましたが本当にすてきでした〜、そしてすっごくスウェーデンに行きたくなりました!!行きたい〜!