いでまい食堂

しあわせごはんとおやつ、ときどきおはなし

ヴィーガン、ベジタリアン、マクロビオティック...

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あっというまに11月になっていました。10月は濃厚すぎてあまり記憶がないくらいです...。いや、楽しいことがたくさんあったな!ありがたいです。

 

 

さて、私は時々人に聞かれる質問があります。

「なぜ、菜食の食事の生活をしてるのですか?」

「どんなきっかけでベジタリアンになったのですか?」

 

ヴィーガンベジタリアンマクロビオティック...などなど似ているようで違う。いろんな食べ方があっていろんな考え方があります。

私は決定的にどれというわけではないので、誰かに説明する時にいつも迷うことがありますが、基本的には“お肉やお魚、卵や乳製品などの動物性のもの”は食べません。普段は玄米とお味噌汁と野菜のおかずを1〜2品という食事です。和食の時もあれば洋食や中華やアジア料理の時もあります。「物足りなくない?」玄米は味わい深くて好きだし、それと具沢山のお味噌汁とたくわんでもあればしあわせです。そして大切な人たちと一緒にゆっくりと食べられたらすごくしあわせです。

ごはんてみんなで食べたほうが断然おいしいし、誰かを想ってごはんを作るのもしあわせですよね。

 

なぜ、ヴィーガンベジタリアンマクロビオティックなどの食事に興味を持つようになったのか?ですが、ひとことでは説明できません。長いです、でもなるべく簡潔に説明したいと思います。

 

 

まずひとつに、私は子供の頃からとても苦手なものがありました。「人を誰かを何かを傷つけること」です。同時に不思議でもありました。「なぜ人は人を傷つけるか」

ひどい言葉や暴力や争い、内紛や戦争。学校のクラスの中で、テレビのニュースやドキュメンタリーで、マンガや本や映画で。

ある時どこかの国で内紛が起きて、ひとりの人をたくさんの人が囲んで蹴ったり棒で殴っている映像のニュースがありました。その光景が信じられなくておどろいたし悲しかった。なぜ人はそんな怖いことをするのか、何があの人たちをそうさせるのか、どうして争いごとは起きるのか?

 

そのニュースはあるひとつの場所を奪い合っていて、どちらもそこは自分たちの場所だと主張していてずっとずっと争っていると教えてもらいました。「一緒になかよく使えばいいのに」「一緒のところが大切なら一緒に大切にすればいいのに」「人をしあわせにするための教えのはずなのに、争って誰かを傷つけてしまうのなら意味がない。そんなのないほうがましじゃないか」と思いました。

 

また、あるひどい犯罪がありました。みんなはそんなやつは死刑にすればいい、と言いました。確かにその人はとても許されないひどいことをした。そのために誰かのこれから素敵であっただろう人生がそこで終わってしまったり、家族が友達が一生立ち直れないほどの悲しい目にあった。でもその犯罪をおかしてしまった人は、どうしてそんなひどいことをしてしまうまでに至ったのだろうか。お母さんがやさしくしてくれなかったのかもしれない。お父さんが殴ったのかもしれない。愛情のこもったあたたかいごはんを食べられなかったのかもしれない。いつもひとりだったのかもしれない、すごく意地悪な人が近くにいたのかもしれない。もしその人が私と同じ境遇だったら?もし、私がその人と同じ境遇だったら?やっぱりその人は同じことをしたのだろうか。もしかしたら私は残忍なことができる人間になっていたかもしれないのではなかろうか。

そして、その環境にいたことはその人だけのせいなのか?人は生まれてから大人になるまでに育つ環境は選べないじゃないか。いつどこに生まれてどんな人が親になるのか、誰と兄弟になるのか、どんな人と一緒に暮らしていくのか、どんな人が周りにいるのか、そこがどんな国なのか、土地なのか。

 

とすると、その人は誰にも救われないままの人生なのか。

どこかの時点で誰かが救ってくれさえいれば、誰かを傷つけることもなかったし誰かが傷つくこともなっかたのかもしれない。とてもやさしい人だったかもしれない。

でも私はその人を知らなかった。今からその人の時間を巻き戻すこともできない。じゃあ、どうすればいいのか?ひとりひとりが近くの人を大切にするしかない。私は誰かを傷つけないようにしよう、なるべくやさしくしよう。

 

 

戦争、銃、核実験、戦車、戦闘機、潜水艦、いろんな兵器。

どうしてたくさんあるのか、どうしてみんな持ちたがるのか?誰も持っていなければ誰にも攻撃されないのだからみんなが持たなければいいのに。

「あなたは持っちゃだめ、うちはいいけど」じゃなくて「私はやめたよ、あなたもやめたらいいのに」てすればみんながしあわせで安心じゃない?お金も資源もかかるし、何よりそんな駆け引きなんて心労なだけなのに、なんでそんな無駄なことをしているんだろう。もっとしあわせなことにお金も技術も使えばいいのに。みんながもっと想像して創造すればすっごくすばらしい世界になりそうなのに。

自分だけが(自国だけが)強くなりたい、お金を儲けたい、上に立ちたい、得をしたい、支配したい...みんな何が欲しいのか、本当にそんな物が欲しいのか。きっと本当の本当は違う気がする。どこかの国の大統領だって総理大臣だって、もっと偉いと思ってる人だって。

大統領や総理大臣にお願いをしました。「もう絶対戦争はしないでください」「絶対に誰も殺さないでください」

 

 

森林伐採、動物の乱獲、自然破壊

いちど伐採したらもう2度ともとには戻らない森林。いちど穴を掘ったらもとには戻らない山。いちど埋め立てたらもとには戻らない海。いちど溶けたらもとには戻らない氷河。いちど破壊したらもとにはもどらない空。いちど絶滅したら2度と生まれない動物たち...

彼らは、人間なんかよりはるか昔からこの地球にずーーっといたし、人間よりもずーーっと地球のことをたくさん知っている。人のやることは正しくないこともたくさんあるし、横暴なこともたくさんある。すぐ何でも知っている気になるし、すぐ欲にまみれるし、科学は素晴らしいし全てだと思いたがる。宇宙はどこまであるのか知っているつもりだし、地球は人間はどんなに優れているのか、人間には知性があって理性があって、だから知性のないやつのことなんて人間の思い通りにしたって構わないんだ。

もっと便利に、もっと安く、もっとお得に、もっといいものを、誰よりももっともっと、もっともっとたくさん!

ものすごい豪邸もいらないし、象牙のハンコなんていらないし、毛皮のコートなんか全然欲しくない。立派なリゾート地も行きたくない。

もとからあるものは敬って大切にしなくちゃいけないし、むやみに壊したり命を奪ったりしてはいけない。目上の人のことは尊敬するでしょう?地球は人間のものではないし、なにひとつ自分のものなんてないようなものだ。人が自然に守られていて、みんな宇宙や地球に守られて含まれているひとつの存在なのに。

 

地図を仕切ってこの土地は私のもの、ここからこの海はうちのもの、さらには空までが誰かのもの。だから入ってこないで、だなんて。みんなが必要な分だけをもらって分け合ったら、究極、世界に境界がなくてもいけるんじゃないだろうか。

 

 

 

と、やっぱり長くなってしましたが、ここまでが「まずひとつに、子供の頃から〜」でした。子供の頃から感じていることというのは、根本は変わらないものです。むしろ子供のほうが素直に世界を見ているのでしょう。

「まずひとつに〜」ていったいいくつあるんでしょうね!もう少し簡潔に書けると思ったけど、無理だったので今日は前半とさせていただきます...。またそのうち後半を書きたいと思います。読んでいただいた方ありがとうございました。いろいろそれぞれ意見や想いはあるかと思います。

 

あとまだ後半もありますが、ヴィーガンベジタリアン、マクロビなど興味があったらまず自分で調べて考えてみたらいいと思います。誰かに聞いて納得できないからとアンチみたいになるのは、せっかく興味を持ったことなのにもったいないと思います。これに限らずね。

 

ではでは。