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いでまい食堂

しあわせごはんとおやつ、ときどきおはなし

時間とか人生とか愛とか

きれいに言うことも、かっこつけることもない。

伝わりやすいようにまとめることもない。

思ったことをそのままに書く。乱文で、書き殴るようになるかもしれないけど、

つじつまが合わないかもしれないけど、意味がわからないかもしれないけど、それでいい。もし、わかったり伝わったりするところがあれば拾ってくれたら。

 

 

人生は、1度だけだ

もし生まれ変わりや輪廻転生があったとしても、私が私である人生はこの今のたった1度だけだ。

 

今、今、今、

今の連続で時は誰にでも平等に流れている。

この今は、次の今にはもう過ぎたものになって絶対に2度とはもとに戻らない。

そんなこと誰でも知ってること。

 

今の時間が2度と戻らないなら、その時間をどう過ごそうか。どう生きようか。

人生はたった1度きりで、しかもそれは決して長くはない、短いのだ。

あっという間に過ぎていく人生ならば、その時間を人生を命をどう使おうか。

 

何かに怒っていても、誰かを憎んだりしても、悲しくても、かわいそうでも、閉じこもっていても同じく時間は流れる。同じに今日は終わっていく。

 

誰のせいにするのか。

周りのせいにするのか。

変えられるものは変えればいい。

たとえ、変えられないと思っていることでも本当にそうだろうか。

 

 

試練

生きていたらそれなりにやってくる。小さいかもしれないし、とても大きいかもしれないけど、それなりに勝手にむこうからやってくる時がある、かもしれない。

もしやってきたならそれはその時に向き合えばいい。わざわざこちらからそこに向かうことはない。

 

 

過去のこと

昔にした失敗、失敗と思っていること。

以前に言ってしまった、誰かを傷つけた言葉。伝えられなかった 想い。

ふと蘇ってくるあらゆる嫌な記憶。

 

もちろん人生のすべてが『いいこと』と思われてることだらけではない。

自分だけの想いや、力ではどうにもならなく起きてしまったことだってある。

我慢とか過ちとか、後悔とか、落ち込んだりもするし、すごく傷ついたりもする。

 

抗えない大きな自然の力かもしれない。

心無い人のしたことかもしれない。

 

でももう過去に、1秒でも過去に起こったことは誰にも変えられはしない。

 

すごく落ち込みそうになる時には、

「あ、やばいな、このままにしたらどんどん落ち込んで、しかもこれ長引くだろうな。やだなぁ。」

そんな時には、すごく意識的に大丈夫とか、たいしたことないとか、すてきな時の自分の笑顔を思い浮かべたりして、どんどん下に引っ張られていく気持ちを強引に引っ張り上げるようにする。

落ち込んだり、傷ついたりすることにも得るものはあるから、それを知りたい時にはわざとそこにいく時もあったりするけど、でもやっぱりどうしようもなく来る時は向こうから勝手に来るんだから、 わざわざやることはない。

 

 

たった1度、たったひとり、

私たちはみんなちがう。当たり前のこと。

みんな何ひとつ同じじゃない。同じじゃないからいろんなものがある。

いろんな芸術とか、技術とか、思想とか歌とかいろいろ。

 

同じふうにしなくていい。一緒じゃなくていい。

同じじゃない、一緒じゃないのがおもしろい。

(私は学校が好きじゃなかったけどいちばん憂鬱だったのが、仲良し同士でグループを作りなさいていうやつ。)

 

 

好きなことをする

といっても、何から誰彼構わず乱暴に好きなことだけをすればいいってことではない。いや、そういうことでもあるんだけど、、

仕事ってなにか、働くってどういうことか、お金ってなんなのか。

人生とは何か、生きるってどういうことか、人とはなにか、社会とはなにか、国とは、世界とは、わたしとはなんなのか、、、?

 

すごーく大雑把に、乱暴に言ってしまうと

すべて、何事も、今こんなぐだぐだ言ってきたことも『どーでもいい』ってことなの。

まるっと、全部、もうどーしようもなくくだらないことなの。

 

あのね、何をするにも、何を思うにも、何を言うにしても、何でもかんでもに、

そこに、ちゃんと愛情とか尊敬とか慈しむとかそういう気持ちがあったら変なことにはならないと思うの。

いったいいちの時もそうだし、3人、10人、100人、、、何万人何億人だって同じことで、だってそれは積み重ねだから、つながりだから、わたしが思ったことやしたこと、誰かの思ったことやしたことがひとつひとつちゃーんと積み重なってこの世界はできているんだから。

 

毎日、いつ何時も聖者とか仙人とかみたく完璧に立派に生きろってことじゃなく、

えーと、でもみんなそもそも完璧で完全ではあるんだけど、、少なくともそういう心づもり、土台があるかないかとではまるっきり何もかもが違うだろうってこと。

 

あと、自分探しとか過去の傷を癒すとかも大切なんだけど、必要なんだけど、

それもできればちゃっちゃと済ませて、はやく次のステップにいったほうがいいよね。ほんとに人生なんてあっという間なんだからさ、探してる間に終わっちゃうよ。

 

 

常識やふつうということ

これほどあてにならないというか、適当なことってない。

ふつうって、結局大多数の人がそうと言ったり思っていることでしょ。場合によっては実は少数だった、なんてことだってあるし。

大勢が言ったりやっていることが、正しいのかといったら全然そんなことはないし、正しいとか正しくないとかって誰にだって決められないし決めることでもないんじゃないかな。ただ便利とか統制をとるためとかの決まりとか、目印でしょ。

 

人は勝手だから常識がない人は嫌いだけど、逆に常識がない人に憧れたりもするでしょ。なりたいように、やりたいようにやればいいの。遠慮とか他人の言うこととか気にしなくていい。他人なんて勝手に適当に言ってるだけなんだから。好きなように思うがままにやって生きればいいの。

 

 

わたしはすぐ泣くけど弱虫じゃない。

強くはないけど揺るがない想いはある。

 

誰かを妬んでしまいそうな時、誰かに怒りを感じた時、誰かを疑ってしまいそうな時、

それらにとらわれそうになる時もある。そんな時は自分の中にあるやさしさとか愛とかきれいな光とかを思い浮かべて、そしてそれが相手にも誰にでも同じく等しくあるものだということを思い浮かべて、信じている。

 

 

心をひらく

それもすっごく、完璧に完全にひらくこと

心をひらいて愛を受け入れるということ。

 

これが意外とというか、けっこう難しい。

愛をあげることのほうがまだできたりする。でもそれでも出し惜しんでるよね。ほんとはもっと出せるのに。

ずっといつでも愛を出していたとしても、愛はなくならないと思うし、むしろ増えるいっぽうだと思う。

 

恐れない、疑わない、猜疑心を持たない。

そして本当に素直に、心の底から素直にオープンに愛を受け入れられたら、どんなに気持ちのいいことなんだろう。どんなにすてきなことなんだろう。

 

そしてそれができたとき、わたしはもっと素晴らしい世界がみえるだろう。どんな人間になれるのだろう。

多くの人がそうなったとき、世界はどうなるのだろう。

 

 

愛、というと難しそうで大きくて、なんか無理そう、なんて思うけど

でも、それが全ての源で全ての始まりなんだ。それしかないんだ。

 

 

人生はいちどきりで、そして短い

楽しくしてたいし、しあわせでいたいし、愛したいし、愛を全部受け入れたい

 

無駄な時間を過ごしてきてしまったなんて、がっかりしなくてもいい

これから、たった今からだって、そうしようと思えばそう生きられる

 

なんだってできるし、どこにだって行けるし、なんにだってなれるんだ

でもそれは自分でやるしかない。誰もやってくれないし誰も気がついてなんかくれない。(たとえ気がついたとしても、少し手伝えるくらいか何もしてくれない)

 

やりたくないことや、行きたくない場所や、会いたくない人に会うことなんてない。

そんなことに時間を費やしてるひまはないんだ。

もしそれでもそれをするなら、しなければならないのならそのときは自分の責任であって、誰のせいでもないし環境のせいでもないことをわかってやるべきだ。

 

 

すてきな場所へいこう

楽しいことをしよう

好きな人に会おう

 

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